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園の紹介

母の会の思い

この歌は浦和母の会幼稚園が創立60周年を迎えたとき、 当時園に在籍していた保護者や子どもたちが歌づくりに参加し、牧師でありシンガーソングライターの陣内大蔵さんが曲をつけて完成した素敵な歌です。

歌ができた年の12月に家庭保育室が誕生し、これまでは3歳児〜5歳児の幼児の育ちの場であった母の会に0歳児〜2歳児の乳児の育ちの場が加わることになりました。

歌が誕生した翌年に母の会はさいたま市で第1号の認定こども園として、新たなスタートをきりました。

曲が流れると自然にみんなが
歌い出すこの歌を手掛かりに、
園の思いをお伝えします。

母の会は浦和区本太の閑静な住宅街の中にあります。浦和駅から10分ほど歩くと坂道があり、坂の下から大きな屋根の上に風見鶏がある家が見えます。初めて来園される方は「ここがこども園?」と思われるかもしれません。坂をゆっくり登っていくと、園舎や園庭から子どもたちの元気な声が聞こえてきて、「ああ、ここはこども園なんだ」とわかります。
一番先に見えてくるのが「木の家」、一つ目の角を左に曲がると「たねの家」、さらに二つ目の角を左に曲がると「みんなの家」があります。
歌詞の「こども園」は歌ができたときは「幼稚園」でした。母の会が認定こども園として新たな出発をしたとき、保育園児も幼稚園児もみんな神様に愛されている母の会の子どもたちであるという思いから歌詞を変えました。

アメリカの哲学者ロバート・フルガムは『人生の必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』という著書の中で、「人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々を送ればいいか、本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていたのである」と書いています。
私たちも園で過ごす子どもたちの生活そのものが子どもたちの学び、育ちにつながると考えています。

1991年に現在の木の家の園舎が完成しました。新園舎建築の基本理念として「普通の家を大きくした園舎」がありました。生まれて3、4年しか経っていない幼児が生活する場であるから、家庭の延長のような雰囲気で過ごせるように。そのような思いから、園舎は学校を小型化したものではなく、大きな屋根の家の中に、家庭にある機能があり、幼児の日常生活が営まれるようになっています。

新園舎建築の際、園のシンボルになるものをどこかに作れないかと考えました。そのとき当時の園長がひらめいたのが中世ヨーロッパの教会が信仰の証として屋根の上に十字架ではなく風見鶏を立てたという話です。そして園の近くにお住まいの3姉妹の卒園生が「私たちの部屋から毎日その風見鶏が見えるならうれしいことです。」
と寄付を届けてくださり、母の会のシンボル風見鶏が実現しました。
風見鶏はたねの家、 みんなの家にもいます。

母の会には高さ、幅、奥行き約1メートルの木製のパイプオルガンがあります。このオルガンは2002年、園庭のハナミズキの実が秋の深まりを伝えるころ、母の会にやってきました。
日本におけるパイプオルガン建造の第一人者、辻宏先生が園に何度も足を運び、母の会の子どものためにつくってくださったオルガンです。
小さな子どもが弾くための工夫や、園のどこへでも運べるようキャスターがついている母の会仕様のオルガンとなっています。

形は小さいけれど156本のパイプが内蔵されているこのオルガンは、風を通して子どもたちの心にそして園に関わる人々に〈平和〉を伝えてくれる木の箱です。
礼拝の前奏曲としてパイプオルガンの音が流れてくると、おしゃべりは自然と止み、子どもたちが特別な所へ心が向かう気配を感じることができます。

母の会は創立以来、キリスト教信仰を土台とした保育を志していますが、特定の宗派、教会には属さないキリスト教主義のあり方を求めています。
週1回、全園児と保護者が共に信仰の対象である神と向き合う礼拝を守っています。礼拝の始まりを告げる鐘の音が鳴ると、ざわついていた部屋が一瞬静まり、パイプオルガンの前奏曲を聞きながら年長児と年少児が手をつなぎホール (礼拝の部屋) に入場します。子どもたちは少し緊張しながら、自ら礼拝をする場に歩み出ていきます。それぞれが神さまに招かれることを感じる瞬間です。